2018年9月12日水曜日

沖縄の未来は日本の未来

(講談社現代ビジネスの連載から転載)

沖縄こそが日本の未来の牽引役

今月は自民党の総裁選と沖縄の県知事選がある。かねてから、私は日本の総理大臣にはぜひ沖縄出身者になって欲しいと強く思っている。

理由は二つある。

まずその一つは、沖縄こそが広島や長崎と並んで日本の中で最も平和の価値を骨身に染みて理解している土地だと思うからだ。

以前、「ひめゆり平和祈念資料館」や「旧海軍司令部豪」を初めて訪ねたときの衝撃は今でも忘れられない。沖縄の過酷な運命に心を寄せることは平和な日本を築く上での第一歩だと思った。

そしてもう一つは、地球規模で考えると、これからは南の地域が加速度的に大きく発展していくことになるが、日本最南端に位置する沖縄こそが、アジア太平洋地域の活力を引き込んで日本の未来を築く牽引役だと考えるからだ。

ハーバード・ビジネス・スクール元教授、経営コンサルタントのラム・チャランは著書『GLOBAL TILT(邦訳:これからの経営は「南」から学べ)』(日本経済新聞出版社)の中で、「ビジネスと経済のパワーが、北側の国々から、北緯31度線より南側の地域へシフトしている」と言っているが、日本では沖縄県だけが全域その地域に当てはまる。

もともと沖縄は、琉球王国としての独立性を保ちつつ、明や清の時代の中国や、日本といった周辺の強国と巧みな平和外交を行いながら交易の拠点として栄えた。

しかしその後、薩摩による琉球侵攻や明治政府による琉球処分によって日本による統治の時代を迎え、日清戦争を経て日本がその領有権を確定させた。

太平洋戦争中は旧日本軍の軍事拠点としてアジアへの前線基地的な役割を果たしたことで連合軍の標的とされ、「鉄の暴風」と呼ばれ地形が変わるほどの激しい空襲や艦砲射撃を受け悲惨な地上戦の舞台となった。

戦後は27年間にわたって米国の統治下に置かれ、1972年に本土復帰を果たしたが、米軍基地や日米地位協定の問題は今日に至るまで沖縄住民に大きな負担を強い続けている。

日本に支配され米国にも攻め込まれて戦場となり制圧された沖縄の歴史はまさに波瀾万丈で、その苦悩や屈辱は沖縄の人たちにしかわからない。

特に太平洋戦争では多くの一般市民が犠牲になり、その後も米軍基地を抱え続けてきたがゆえに、今日に至るまで常に戦争を身近に肌身で感じてきた。だからこそ平和の価値を誰よりも皮膚感覚で理解している。

戦争を体験した人、戦争を知らない人


ところで、1957年生まれの私は戦争を知らない。

北山修氏と杉田二郎氏が『戦争を知らない子供たち』をリリースしたのが1970年だったから、ちょうど中学に入った頃だった。

当時の戦争を知らない子供たちも今ではもうみんないい歳だ。安倍晋三総理をはじめ現政権を担っている人たちや、中西宏明経団連会長など経済界の人たちも誰も戦争を知らない。

「歴史は繰り返す」と言うが、それは人間の寿命と関係している。

悪しき歴史も悲惨な過去も、それを実際に体験した人たちがこの世からいなくなることによって、貴重な体験が忘れ去られたり薄まったりしてまた同じようなことを繰り返すからだ。人間とは愚かな存在なのである。

戦後生まれの戦争を知らない世代がマジョリティとなって社会の要職を占めるようになると、「戦争は二度と起こしてはならない」という当たり前のことすらだんだんわからなくなっていく。

現に、2015年に安保法制を強行採決した現政権は、防衛装備移転三原則などで実質的に軍事ビジネスを解禁した。防衛省が民間企業を引き連れて海外の武器展示会などに出展している光景は、まさに戦前の軍産複合体を彷彿させる。

防衛副大臣が得意然として銃を構え「今後この分野を日本の産業として支える。どんどん成長して欲しい」と語る姿がネットなどで流れたことがあるが、実におぞましい思いがした。

ノンフィクション作家の立石泰則氏が『戦争体験と経営者』(岩波新書)という本を出した。

ダイエーの中内功氏やワコールの塚本幸一氏など、生き地獄のような戦場を体験したからこそ、生き延びて復員してからは徹底して平和主義を貫いた戦後の経済人を数名取り上げ、彼らの平和へのこだわりと迫力ある生き様を簡潔に描いている。

中内氏は、憲法改正や防衛力強化の必要性を経済界の会合で主張する関西財界の重鎮で当時権力の絶頂にあった住友金属会長の日向方齊氏に対し、時の権力者に臆して沈黙する周囲をよそに、一人面と向かって「異議あり」と激しく反論したそうだ。

また、ノモンハン事件に従軍し、ラバウルなどの南方戦線にも送られたケーズデンキの創業者加藤馨氏は、2012年に第二次安倍政権が誕生して「憲法改正」を唱えるようになると危機意識を強めた。

すでに95歳を超えていたが、ある日突然課長以上の全社員を本社会議室に集めるように指示し、自分の戦争体験を話して聞かせ、「みなさん、よく聞いておいてください。戦争は二度と起こしてはいけないものです。あってはいけないものなのです」と述べたという。

「沖縄の民意を尊重せずして日本の自立はない」

米軍基地問題で現政府と対立し、8月に亡くなった沖縄の翁長雄志前知事は、その著書『戦う民意』(角川書店)の中で「基地問題を解決しなければ、日本が世界に飛躍できない。沖縄の民意を尊重せずして日本の自立はない。沖縄のためになることは日本のためになり、さらには世界のためになる」と述べている。

さらに、「離島である沖縄は、海で四方が閉ざされているのではなく、海で諸国とつながっているという世界観を持っています。そして、沖縄戦という未曽有の体験を経て、平和に対する絶対的な願いを持ち続けています」とも述べている。

これらの毅然とした翁長氏のメッセージからは、まさに政治家のイデオロギーというよりも沖縄のアイデンティティそのものが伝わってくる。

我々本土に暮らす者たちは、沖縄の苦悩に対してどこか他人事のように距離を置いてはいないだろうか。

基地負担に関して、「振興予算をもらっているんだから文句を言うな」という論調も根強いが、これほど沖縄の人たちの尊厳や誇りを傷つける言い方もないだろう。

現政府の基地問題に対する一連の対応を見ていてもいかにも冷淡だ。翁長氏は、政府や本土の人たちとの意識の擦れ違いの根深さ、どうにも埋まらない溝についての沖縄の人たちの感覚を、「魂の飢餓感」という言葉で表現していた。

日本全体で沖縄が抱えてきた負担や苦悩にあらためて心を寄せ、その負担や苦悩を沖縄だけに押し付けるのではなく、日本全体で分かち合っていく以外に、基地問題の解決も日本の安全保障の前進もない。

日本に暮らす以上、沖縄に無関心であってはならない。

沖縄の実情を自分事として捉える姿勢と行動こそが、まさに翁長氏が言ったように、平和国家としての日本の自覚と自立を揺るぎないものとし、世界における日本の立場と役割を明確にしていくことになるのではないか。

本土に暮らす者が沖縄のことを語るのは簡単ではないしおこがましくもあるが、今回の沖縄県知事選は日本の将来を占う大事な選挙だ。投票権のない沖縄外の人たちにとっても、沖縄への理解を深め日本の将来を見つめ直すきっかけにしたい。

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