2014年2月22日土曜日

鈍感力を鍛える、ということ

個人名が公になっている人は、ネットなどで突然思わぬ攻撃を受けることがあると思うが、私もtwitterなどで、「これはいくらなんでもひどい」と感じる一方的な攻撃を受けることがある。大抵の場合は黙殺するのだが、たまにこちらも虫の居所が悪い時など、敢えて乱暴な言葉を使って反撃を試みることもある。そうすると、今度はまた寄ってたかって「聖人君子」や「正義の味方」が次々と登場してきて、更にさまざまな攻撃に晒されることになる。いわゆる炎上というやつだ。それでこちらもバカバカしくなって離脱すると、今度は「逃げた」とか、更に散々な罵詈雑言を浴びせ掛けられる。

こちらは、もともと公人として実名を晒しているわけだから、どこに逃げも隠れもしようがないし、そもそも、このようにネットでありったけの罵詈雑言を浴びせ掛けてくる人達は例外なく匿名で、この人達こそ最初から逃げ隠れしている人達なのであるからそれこそ笑ってしまう。そして、この人達は、自分勝手な思い込みに基づいた解釈で言うだけ言って気が済むと、場合によってはご丁寧に一連のやり取りのまとめサイトなどを作り上げ、その後、徐々に収束していく。まるで自分達が勝ち誇ったかのように勘違いしているのだろう。

それにしても、いきなり公衆の面前に引きずり出されてバッシングされる側にしてみれば、たまったものではない。しかし結論は、実名を晒している人は、どんな理不尽な攻撃を受けても、匿名の人達からの執拗な攻撃からは逃げようがないのであるから、結局さまざまやってみても、時間の無駄なのである。

だから最後に思うのは、坂本龍馬の言葉、「世の人は我を何とも言わば言え 我が成す事は我のみぞ知る」なのであり、自分の鈍感力を鍛えるしかない、ということでもある。そしてこれからも、実名で正々堂々と自分の信念に基づいた行動と発言を続けて行こうという決意を新たにするのである。

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