新年おめでとうございます。昨年は震災やそれに伴う原発災害等々で大変な年でしたが、今年はどのような年になるでしょうか?少しでもいい年になってくれることを祈ります。
我々が生きていく上では出会いというのが本当に大切ですね。リアルでもバーチャルでも日々多くの方々との出会いがあり、その出会いに支えられたり傷つけられたりしながら我々は生きています。
私の場合は、社会人になってからはソニーやそこでの仕事に関連した出会いの数々がありました。その後、ソニーを辞めてからは、グーグルとの出会いがありました。そして昨年は、今の新しい仕事を始めたが故の出会いが多くありました。ソニーを辞めていなかったらグーグルとの出会いはなかったですし、グーグルを辞めていなかったら、昨年出会った方々との出会いもありませんでした。そう考えると、人生というものへの興味は尽きません。
昨年の素晴らしい出会いの中のひとつに、K+の池田君江さんとの出会いもありました。数年前の渋谷のスパでの爆発事故に従業員として巻き込まれて脊椎を損傷され、それ以来車椅子で生活されている方です。その苦難を乗り越えるのにどれだけのご苦労をされたか、思い図ることすらできませんが、今は障害を見事に乗り越えて、「ココロのバリアフリー」という活動を推進されています。池田さんがおっしゃっていたことで「このような生活になって初めて見えてくることがたくさんある。そういう意味では、事故に感謝というのもおかしな話だが、その視点を大切にして生きて行きたい。」という言葉はとても心に残りました。もう一つ感動したのは、ご主人が常に傍らで本当に献身的に彼女を支えている姿でした。このお二人のエネルギーを以ってすれば、どんな困難も乗り越えて世の中に新しい希望の光を拡げて行かれるに違いない、と思いました。
テクノロジーはどんどん進んでいます。弊社にも昨年、筑波の山海先生のサイバーダイン社がロボットスーツHALやテーブルインターフェースのデモに来てくださいました。また、事例としてふさわしいかわかりませんが、「アバター」という映画では、障害を持つ主人公がバーチャルの世界では健常者として活躍する姿が描かれていました。医学の世界でも、たとえば日本はiPS細胞の研究においては世界でもトップレベルです。今後、10年、20年の間に、テクノロジーや医療の進化によって人類の肉体的な障害を克服したり補完できる時代が来る可能性も高いと思います。
また、昨年、オランダの車椅子のアスリートが、自転車事故をきっかけに下半身の機能を取り戻した、という奇跡のような話も報道されていました。
希望を失わずに前向きに生きて行けば将来何が起こるかわかりません。池田さんとの出会いは、日頃見失いかけている多くのことにあらためて気づかせてくれる貴重な出会いとなりました。
2012年が素晴らしい年となるように、私も精一杯頑張りたいと思います。
2012年1月6日金曜日
2011年11月11日金曜日
アップルの新社屋構想
160万以上のPVがあるので、見ている人も多いと思うが、Steve JobsがCupertino(Appleの地元)に本社社屋を新設するプランを市議会に説明しているビデオ。少々、しんどそうではあるが、6月の時点ではまだこんなに元気だった。。。周知の通り、いかにもJobsらしいユニークな構想だ。地元を愛し、地元との繋がりを大切にしている姿勢も垣間見える。昔のHPとのエピソードなども面白い。市の税収においてもAppleの存在は大きく、市議達も気を使っている。2015年に完成すると言っているが、彼が亡くなってもこの計画は予定通りに実行されるのだろうか?
2011年11月9日水曜日
2011年11月7日月曜日
日本がガラパゴスに留まる歴史的背景
10月31日の投稿「日本再発見」の補足です。
先日、京都に出掛けた折に、清水三年坂美術館を拝観して来た。こちらは、村田製作所の創業家の村田理如(まさゆき)氏が10年ほど前に創設された美術館で、同氏が集めた幕末から明治初期にかけての日本の美術工芸品が展示してある。ホームページの記述には以下のように書いてある。
「集めるうちに気がついたことは、幕末・明治の美術品の名品はほとんどが海外に流出していて、日本国内には残っていないし、それらを本格的に展示している美術館も国内には存在していないということでした。特に金工(金属工芸)、七宝、印籠、根付等はひどい状態だということが分かってきました。これらの名品が、日本で市場に出れば、海外の業者の手に渡り、たちまち欧米に流出してしまいます。こういう事が、明治以降延々と続いてきた為に日本からほとんど姿を消して しまったのです。だから一般の人が明治の美術品の名品を見る機会はほとんどないといっていいかと思います。
明治以降、日本は急速に欧米の文化を取り入れ、生活スタイルも欧米化しました。学校教育も、美術や音楽は欧米のものが中心でした。日本人の美術に対する関心も、日本の伝統的なものより印象派の絵画や西洋骨董などに集まり、幕末・明治の美術品に関心を持つ人がほとんどいなくなってしまったのです。又、たとえ関心があっても欧米人ほど高く評価しない為、高額な名品は海外に流出していくのです。その結果、日本にはガラクタばかり残り、ますます明治の美術館に対する評価 も下がってしまったのです。
一方、海外で一番人気のある日本美術は何かというと、それは幕末・明治の美術品です。欧米の美術館でも日本美術といえば、幕末・明治の展示が大半ですし、ニューヨークやロンドンの日本美術のオークションでも陶磁器、浮世絵と明治美術が中心で、明治美術の人気が高いのは日本と対照的です。」(以上、同館ホームページからの引用)
この記述を読んで、同種の傾向は何も美術工芸品に留まらず、現代に至るまでさまざまな分野で継続しているのではないかと感じた。たとえば、コンテンツの分野でも、日本原作のホラー映画のリメイクがひと頃ハリウッドで流行っていたが、これなども原作が安値で取引されて、リメイク版が世界的にヒットしても版元には一銭も戻らないような形態の取引がなされていたように聞いている。すなわち、日本人は自分達が生み出したものの凄さを認識できないまま、おいしいところを海外勢に持っていかれてしまう、という傾向があるのではないかと感じる。これが、謙譲の美徳故なのか、お人好しで無欲のせいなのか、あるいは逆に手元の小金に目が眩むせいなのか、真の原因はよくわからないが、いずれにしろ、本来、グローバルにスケールさせて大きなビジネスに出来る素材をたくさん持ち合わせていながら、そのチャンスをみすみす逃してしまうようなことを歴史的に繰り返して来ている点が実際にあるように思う。
これからは、自分達が生み出したのものの価値をグローバルな視野できちんと認識する「目利き」と、それを他人の手ではなく、当人である自分達の手でグローバルマーケットに訴求して外貨を稼ぐ「商魂」が改めて求められているのは間違いない。
先日、京都に出掛けた折に、清水三年坂美術館を拝観して来た。こちらは、村田製作所の創業家の村田理如(まさゆき)氏が10年ほど前に創設された美術館で、同氏が集めた幕末から明治初期にかけての日本の美術工芸品が展示してある。ホームページの記述には以下のように書いてある。
「集めるうちに気がついたことは、幕末・明治の美術品の名品はほとんどが海外に流出していて、日本国内には残っていないし、それらを本格的に展示している美術館も国内には存在していないということでした。特に金工(金属工芸)、七宝、印籠、根付等はひどい状態だということが分かってきました。これらの名品が、日本で市場に出れば、海外の業者の手に渡り、たちまち欧米に流出してしまいます。こういう事が、明治以降延々と続いてきた為に日本からほとんど姿を消して しまったのです。だから一般の人が明治の美術品の名品を見る機会はほとんどないといっていいかと思います。
明治以降、日本は急速に欧米の文化を取り入れ、生活スタイルも欧米化しました。学校教育も、美術や音楽は欧米のものが中心でした。日本人の美術に対する関心も、日本の伝統的なものより印象派の絵画や西洋骨董などに集まり、幕末・明治の美術品に関心を持つ人がほとんどいなくなってしまったのです。又、たとえ関心があっても欧米人ほど高く評価しない為、高額な名品は海外に流出していくのです。その結果、日本にはガラクタばかり残り、ますます明治の美術館に対する評価 も下がってしまったのです。
一方、海外で一番人気のある日本美術は何かというと、それは幕末・明治の美術品です。欧米の美術館でも日本美術といえば、幕末・明治の展示が大半ですし、ニューヨークやロンドンの日本美術のオークションでも陶磁器、浮世絵と明治美術が中心で、明治美術の人気が高いのは日本と対照的です。」(以上、同館ホームページからの引用)
この記述を読んで、同種の傾向は何も美術工芸品に留まらず、現代に至るまでさまざまな分野で継続しているのではないかと感じた。たとえば、コンテンツの分野でも、日本原作のホラー映画のリメイクがひと頃ハリウッドで流行っていたが、これなども原作が安値で取引されて、リメイク版が世界的にヒットしても版元には一銭も戻らないような形態の取引がなされていたように聞いている。すなわち、日本人は自分達が生み出したものの凄さを認識できないまま、おいしいところを海外勢に持っていかれてしまう、という傾向があるのではないかと感じる。これが、謙譲の美徳故なのか、お人好しで無欲のせいなのか、あるいは逆に手元の小金に目が眩むせいなのか、真の原因はよくわからないが、いずれにしろ、本来、グローバルにスケールさせて大きなビジネスに出来る素材をたくさん持ち合わせていながら、そのチャンスをみすみす逃してしまうようなことを歴史的に繰り返して来ている点が実際にあるように思う。
これからは、自分達が生み出したのものの価値をグローバルな視野できちんと認識する「目利き」と、それを他人の手ではなく、当人である自分達の手でグローバルマーケットに訴求して外貨を稼ぐ「商魂」が改めて求められているのは間違いない。
2011年11月2日水曜日
2011年10月31日月曜日
日本再発見
ソニー、グーグルと、ずっと日本の外に目が向いた人生を送って来ましたが、「Made in Japan、Made by Japaneseを世界へ」というコンセプトでALEXCIOUSというサイトを作ってから、日本全国を飛び回り、日々、あらためて自分の祖国日本を再発見するような毎日を送っています。
私の仮説は、
① 日本には世界に通用する優れた作り手は沢山いる(職人、匠、クリエイター、デザイナー、アニメーター、エンジニア、、、) ② しかし、一方で、グローバルにビジネスを演出できるプロデューサーが極端に少ない ③ 結果的に、①の優れたタレントや、アウトプットが、世界の人の目に触れることなく、国内のどこかで人知れず全国区にすらならずに埋もれている ④ したがって、ロングテールに埋もれている逸材(人、モノ、サービス、etc.)を掘り起こして、②の部分と組み合わせれば、昨日まで国内でローカルでニッチだったものが、いきなり世界デビュー、メジャーデビューを果たせるかもしれない、今は、そういうことがインターネットやクラウドの力をフル活用することによって可能
というもので、この仮説を証明して行く場としてALEXCIOUSを作りました。日本人は歴史的に自分達が生み出したものの価値を過小評価する傾向があり、逆に海外の人の方がその価値に先に気が付いて上手に事業化してしまったりします。
20世紀の経済モデルがさまざまな形で破綻し始めていますが、我々日本人が自らの手で、日本の優れた点を再認識して、クラウドなどの先端テクノロジーを使いながら21世紀の新しい経済モデルを生み出し、外貨を稼ぐ取り組みをやって行かねばならないと決意しています。
私の仮説は、
① 日本には世界に通用する優れた作り手は沢山いる(職人、匠、クリエイター、デザイナー、アニメーター、エンジニア、、、) ② しかし、一方で、グローバルにビジネスを演出できるプロデューサーが極端に少ない ③ 結果的に、①の優れたタレントや、アウトプットが、世界の人の目に触れることなく、国内のどこかで人知れず全国区にすらならずに埋もれている ④ したがって、ロングテールに埋もれている逸材(人、モノ、サービス、etc.)を掘り起こして、②の部分と組み合わせれば、昨日まで国内でローカルでニッチだったものが、いきなり世界デビュー、メジャーデビューを果たせるかもしれない、今は、そういうことがインターネットやクラウドの力をフル活用することによって可能
というもので、この仮説を証明して行く場としてALEXCIOUSを作りました。日本人は歴史的に自分達が生み出したものの価値を過小評価する傾向があり、逆に海外の人の方がその価値に先に気が付いて上手に事業化してしまったりします。
20世紀の経済モデルがさまざまな形で破綻し始めていますが、我々日本人が自らの手で、日本の優れた点を再認識して、クラウドなどの先端テクノロジーを使いながら21世紀の新しい経済モデルを生み出し、外貨を稼ぐ取り組みをやって行かねばならないと決意しています。
2011年10月11日火曜日
Goodbye, Steve Jobs
少しタイミングが遅くなったが、Steve Jobsへの追悼文です。
アップルを退任した時に、いよいよかな、と覚悟はあったが、やはりあっという間だった。大勢の人達が追悼のメッセージを発信しているけれども、私も小文を付け加えたい。
今やその彼もいなくなってしまった。
むかしソニーは「モルモット」と呼ばれていた。誰もやらないことにチャレンジし続けるスピリットを表現したものだ。まさに "stay hungry stay foolish"の精神。
天国で再会しているとすれば、二人は何を語り合っているのだろうか。。。
アップルを退任した時に、いよいよかな、と覚悟はあったが、やはりあっという間だった。大勢の人達が追悼のメッセージを発信しているけれども、私も小文を付け加えたい。
Steveとは、直接、間接にさまざまな接点があった。正確には覚えていないが、2003年か、2004年、まだソニーに居た頃に、彼の自宅を訪ねたこともある。直接対面したのは、結局その時が最後。豪邸が建ち並ぶPalo Altoの中では、特に豪勢でもないごくごく普通の家だった。奥さんや子供達に優しく接する彼の夫であり父親の面も垣間見た。
もともと、彼は盛田昭夫さんと仲がよく、また盛田さんのことを心の底から尊敬していた。アップルの目標はソニーだ、と公言していた時期もあった。iPodを作った時にソニーや盛田さんに敬意を表して、「21世紀のウォークマン」と表現したこともあった。
以下は彼が如何に盛田さんを慕ってたかということを物語るYouTubeで見つけたビデオ。冒頭の部分だ。会場で素人の方が撮っているものと思われるので映像や音は悪いが、盛田さんが亡くなった直後のアップルの新製品発表の会場の様子だ。
今やその彼もいなくなってしまった。
むかしソニーは「モルモット」と呼ばれていた。誰もやらないことにチャレンジし続けるスピリットを表現したものだ。まさに "stay hungry stay foolish"の精神。
天国で再会しているとすれば、二人は何を語り合っているのだろうか。。。
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